▼書評 『城の科学-個性豊かな天守の「超」技術』

城の科学城の科学-個性豊かな天守の「超」技術

著者 萩原 さちこ
出版社 講談社(ブルーバックス)
発行 2017 11/20






《豪華絢爛と戦闘仕様》
近年は「城」ブームだという。とりわけフランス人には「国宝・姫路城」が人気だそうですね。天守を見上げると戦国のロマンを感じますがその多くは慶長5年(1600)の関ケ原合戦以降に建造されています。では、感じるそのロマンとは??本書の案内役は、小学2年生のときに城に魅せられ、現在はフリーの城郭ライターです。著者の性格が本書で滲み出ている気がします。やさしさと細やかさのあるタッチが特徴です。

本書では城の「天守」にフォーカス。天守をはじめてこの世につくったのは、織田信長。5重6階地下1階を誕生させました。安土城では天守ではなく天主と表記するそうです。そして、現存12天守は上述の姫路城をはじめ、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、松江城、備中松山城、丸亀城、宇和島城、松山城、高知城、さらには東日本で唯一の弘前城です。中でも「犬山城」は城マニアの方に怒られそうですが、平成16年(2004)まで全国で唯一の個人所有だったとは初めて知った次第です。ちなみに、「天守閣」という呼称は明治以降の造語だそうです。

本書ではその天守の歴史、つくり方、発展、美と工夫、そして各城の特徴とストーリーは展開していきます。つまるところ城とは

できるだけ早く、限られた条件の中で、持てるすべての智慧と技術を投じて

造られたものなのです。さらには「天守」を通しての天下人織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の思惑が面白いと思います。①:織田信長は瓦の細部までもこだわり几帳面な城づくり。②:豊臣秀吉は立地、規模、設計と信長のいわばDNAを引き継ぎ政治的なツールとしての城づくり。その決定的な違いは、生活の場の有無。信長は安土城天主に生活の場を、秀吉は天守を恣意的なものとし御殿を建造し、そこに住まいました。さらには、共に金箔瓦を用いましたがその用い方です。信長系は織田一族の城のみに対して、豊臣政権下では家臣の格・功績に応じて使用を許可し金箔瓦に効力を持たせステイタスシンボルに!!③:徳川家康は〝徹底的に守り戦う〝から〝無駄を省いた機能的な城〝のつくりの方向転換した点です。三者三様ですね。

それではいくつか、天守の技術をピックアップしてみましょう。たとえば、松本城天守の最上階は鎌倉時代より受け継がれている、「井桁梁(いけたはり)」です。天井は張られておらず、テコの原理で重さを分散し、太い梁が井の字のように張られております。姫路城の瓦は過去17回以上の工事が行われ、慶長期からの瓦はほぼ姿を消し、約75000枚の瓦が葺かれています。天守の象徴とも言える「破風(はふ)」=壁面を飾る三角形を指しますが、彦根城はその破風が現存する天守で最多の18と華やかな印象を決定づけております。さらには天守では最高級の「華頭窓」が存在する城は??etc..詳細は本書でご確認下さいませ。

ボク個人的には「狭間」と「石落とし」に興味が魅かれました。。もし、今後城を見学する機会があれば注意してみたいと思います。

そして、まだまだ最新の調査で新発見が確認されています。丸岡城では天守台の石垣の地下には高さ70~76cm程度の床下空間があったことから、どこかの時期に床下空間が埋められ、礎石立ての柱の根元が土中に埋まり、堀立柱になったと考えられるというのです。

近年のマイクロスコープによる樹木の樹種の調査、C14炭素年代測定法、年輪年代測定法などを利用し新発見はまだまだ出てくるでしょう。
城は長い歴史のなかで、時代の荒波に揉まれながら強くたくましく生き抜いた地域の分身
であります。松本城の壁面は毎年塗り替えられておりますが、先代から引き継いだ漆職人の碇屋公章氏は、より高機能な化学塗料や合理的な新技術の導入は、それがたとえ天守にとってよいものであっても文化財の補修ではない、

工法を変えることは歴史をねじ曲げることであり、材料と工法を維持しながら保存が原則

と述べられたそうです。

それぞれの城のそれぞれの天守にそのストーリー。現地・現場・現実、実際自分の目で確かめるのが一番ですが、城の見方が変わる側面もある一冊です。

ご興味のある方は是非手に取って下さいませ。

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