■書評 サイコパス 秘められた能力
サイコパス 秘められた能力
著者 ケヴィン・ダットン
訳者 小林 由香利
出版社 NHK出版
発行 2013 04/25
《もしも、栄光と挫折に出会いこのふたつのやっかい者を同等に扱うことができるなら・・》
(ウィンブルドンのセンターコートの掲げられている詩、本書P270より引用)
たまに耳にする「サイコパス」。さて、その実体とは?本書はAmazonの分類では、「心理学入門」に分類されているが、科学的読み物と捉えた方が良いとボクは感じた。
さて、本題に移ろう。まず、サイコパスとは?「精神病質者」のことをいう。サイコパスと聞いて、映画「シャイニング」や「羊たちの沈黙」を思い浮かべる方も多いと思う。「羊たちの沈黙」でハンニバル・レクター役のアンソニー・
ホプキンスは、人を噛み殺されないように拘束用のマスクを顔に付けられている。本書は、サイコパスの実像に迫るとともに、「犯罪者」ばかりではなく、「成功者」としてのサイコパスに焦点をあてたところが本書の特徴だ。
そうは言っても、読み手にすれば「犯罪者」も気になるところだ。著者の特質すべきは、サイコパス病棟などのルポなどの意欲的な取材である。例えば、イギリスのブロードムーア病院。ここのパドックセンターは、高度に専門化された閉鎖的な人格障害専門施設で患者の約20%が「純然たる」サイコパスだそうだ。ヨークシャーの切り裂き魔もいれば、ストックウェルの絞殺魔もいる。その中で第一級のサイコパス3名に著者は次の質問をした。「どうしたら困った賃借人を追い出せるか?」まず、「暴力は抜きってことだよね?」からはじまり、意外な答えが・・それについては本書で確認されたい。
サイコパスは、冷酷や自己中心的な思考が、冷静さと周囲に惑わされることのない決断力となるときや、一点集中力がものをいう。その象徴が大物政治家であり、外科医、超一流のスポーツ選手だ。その成功とはなんであろうか?著者が日本を訪れた際の精神外科医、まさに人の生命を左右するこの職。サイコパスは、特定の不安を感じないというよりも、むしろ脅威に気がつかないという。注意は目下の仕事だけに向けられ、関係のないことは容赦なくとり除かれる。また冷静さを恐怖心の欠如と一点集中力の2つの波長を分けることにかけては、スポーツに並ぶものはないらしい。この2点は、サイコパシーと宗教的慧眼に共通する要素である。
では、サイコパスでない者が上述したような「成功者」の特質を備えることは可能なのであろうか?まず、遺伝的的にはエピジェネティクスが考えらるという。エピジェネティクスとは、遺伝学から派生した新分野で遺伝子コードが変化せずに、遺伝子のふるまいの変化が何世代にもわたって受け継がれている現象だ。ハーヴァード大学のスティーブン・ピンカー教授によれば、とりわけ男性は何世代も先まで、直接の遺伝子変異ではなく、はるか遠い祖先から循環器系や内分泌系の将来が決められているという。また、近年屈指の著名な禅師の鈴木隆氏によれば「初心」。高等武術の高尚な精神を氷原に立つ人々が受ける試練に耐えれれば可能だという。
また、医学的には「脳波」の違いがより顕著である。「家」と「血」の2つの単語。サイコパスでない者は、情動的な「血」に如実に反応する。他方、サイコパスはその時に目にしている単語がどのような種類であっても一定であった。上述した以外にも著者は経頭蓋磁気刺激法(TMS)と呼ばれる技術を借りて、短時間とはいえサイコパスに変身したり、特殊部隊(SAS)選抜試験の一環の尋門プロセスを身を持って体験している様は、堅苦しくなく読める構成となっている。
とはいえ、サイコパスもさじ加減が重要でフェラーリ同様、最高級のスポーカーそれ自体が悪いわけでもなく、ドライバー次第ということになる。サイコパス=彼らもまた脳に異常があり、そのために感情の存在しない世界をさまよっているのも事実であり、考えさせられる書籍でした。
サイコパス 秘められた能力
著者 ケヴィン・ダットン
訳者 小林 由香利
出版社 NHK出版
発行 2013 04/25
《もしも、栄光と挫折に出会いこのふたつのやっかい者を同等に扱うことができるなら・・》
(ウィンブルドンのセンターコートの掲げられている詩、本書P270より引用)
たまに耳にする「サイコパス」。さて、その実体とは?本書はAmazonの分類では、「心理学入門」に分類されているが、科学的読み物と捉えた方が良いとボクは感じた。
さて、本題に移ろう。まず、サイコパスとは?「精神病質者」のことをいう。サイコパスと聞いて、映画「シャイニング」や「羊たちの沈黙」を思い浮かべる方も多いと思う。「羊たちの沈黙」でハンニバル・レクター役のアンソニー・
ホプキンスは、人を噛み殺されないように拘束用のマスクを顔に付けられている。本書は、サイコパスの実像に迫るとともに、「犯罪者」ばかりではなく、「成功者」としてのサイコパスに焦点をあてたところが本書の特徴だ。
そうは言っても、読み手にすれば「犯罪者」も気になるところだ。著者の特質すべきは、サイコパス病棟などのルポなどの意欲的な取材である。例えば、イギリスのブロードムーア病院。ここのパドックセンターは、高度に専門化された閉鎖的な人格障害専門施設で患者の約20%が「純然たる」サイコパスだそうだ。ヨークシャーの切り裂き魔もいれば、ストックウェルの絞殺魔もいる。その中で第一級のサイコパス3名に著者は次の質問をした。「どうしたら困った賃借人を追い出せるか?」まず、「暴力は抜きってことだよね?」からはじまり、意外な答えが・・それについては本書で確認されたい。
サイコパスは、冷酷や自己中心的な思考が、冷静さと周囲に惑わされることのない決断力となるときや、一点集中力がものをいう。その象徴が大物政治家であり、外科医、超一流のスポーツ選手だ。その成功とはなんであろうか?著者が日本を訪れた際の精神外科医、まさに人の生命を左右するこの職。サイコパスは、特定の不安を感じないというよりも、むしろ脅威に気がつかないという。注意は目下の仕事だけに向けられ、関係のないことは容赦なくとり除かれる。また冷静さを恐怖心の欠如と一点集中力の2つの波長を分けることにかけては、スポーツに並ぶものはないらしい。この2点は、サイコパシーと宗教的慧眼に共通する要素である。
では、サイコパスでない者が上述したような「成功者」の特質を備えることは可能なのであろうか?まず、遺伝的的にはエピジェネティクスが考えらるという。エピジェネティクスとは、遺伝学から派生した新分野で遺伝子コードが変化せずに、遺伝子のふるまいの変化が何世代にもわたって受け継がれている現象だ。ハーヴァード大学のスティーブン・ピンカー教授によれば、とりわけ男性は何世代も先まで、直接の遺伝子変異ではなく、はるか遠い祖先から循環器系や内分泌系の将来が決められているという。また、近年屈指の著名な禅師の鈴木隆氏によれば「初心」。高等武術の高尚な精神を氷原に立つ人々が受ける試練に耐えれれば可能だという。
また、医学的には「脳波」の違いがより顕著である。「家」と「血」の2つの単語。サイコパスでない者は、情動的な「血」に如実に反応する。他方、サイコパスはその時に目にしている単語がどのような種類であっても一定であった。上述した以外にも著者は経頭蓋磁気刺激法(TMS)と呼ばれる技術を借りて、短時間とはいえサイコパスに変身したり、特殊部隊(SAS)選抜試験の一環の尋門プロセスを身を持って体験している様は、堅苦しくなく読める構成となっている。
とはいえ、サイコパスもさじ加減が重要でフェラーリ同様、最高級のスポーカーそれ自体が悪いわけでもなく、ドライバー次第ということになる。サイコパス=彼らもまた脳に異常があり、そのために感情の存在しない世界をさまよっているのも事実であり、考えさせられる書籍でした。
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