▼書評 『抗生物質と人間ーマイクロバイオームの危機』
抗生物質と人間ーマイクロバイオームの危機
著者 山本 太郎
出版社 岩波書店
発行 2017 09/20
《ヒトにとって有益なだけの薬は存在しない。ヒトも生態系におけるひとつに過ぎず、他の生物と協調のなかでしか生きていけないのだから》
今冬の日本列島は厳冬ですね。インフルエンザ患者は過去最高だそうです。本書によれば2016年13万人以上を対象とした調査で、40%以上の人が、ウイルス性の風邪(急性上気道炎)に抗生物質が効かないことを知らないと回答したそうです。
さて、著者は現在、長崎大学の熱帯医学研究所の教授であり、「ぷープロジェクト」を立ち上げ4000メートルを超える高地や乾燥した砂漠、北極圏といった厳しい環境に暮す人びとのマイクロバイオームの保存に務めています。
「腸内フローラ」などという言葉は、良く耳にします。また、本書の核心の「抗生物質」もよくサイエンス書籍などで記述されております。本書では、その「抗生物質」の最新の科学的研究と知見が凝縮されております。人類は抗生物質を手にして僅か70年にすぎません。よって、腸内細菌が劇的に変化を余儀なくされております。この「腸内細菌」の劇的な変化は人類の長い歴史で3回あったというのです。①ヒトが火の利用による加熱調理を始めたとき。②約一万年前に始まった農耕。③約70年前に始まった抗生物質の使用です。ただ、一度目、二度目の細菌叢の変化は、何千、何万年といった時間軸、③については、ヒトが今の状況に適応するには、その時間があまりにも短く、過去の進化とミスマッチを生むのです。
その弊害の象徴が肥満です。世界全体で言えば、現在約15億人が過剰体重であり、2億人の男性と3億人に女性が肥満と推定されているそうです。過去40年にわたって、毎日世界で、8万人を上回るスピードで肥満は増えています。これは、
ヒトが突然、遺伝子的に太りやすくなったわけではないと著者は述べています。また、肥満以外にもアトピー性皮膚炎や食物アレルギー、花粉症etc..アレルギーも抗生物質の影響と考えられているのです。東京都保険局がまとめたデータでは1999年と2009年の10年間で、食物アレルギーの確定診断は、三歳児に限り7.1%⇒14.4%にと倍増したそうです。
上述した肥満、アレルギーの他にも糖尿病、自閉症、クーロン病を挙げる研究者もいるといいます。
これらは「現代の疫病」と呼び、過去半世紀に急増した病気です。これは、抗生物質が引き起こすボク達の体内に共生する細菌叢の攪乱が原因なのです。
著者は、腸内細菌叢の説明に至るまで、フレミング、ルイ・パスツール、レーウェンフックなどの研究と丁寧に説明し、その経緯を解明していくのです。抗生物質の使用を進化の視点から、さらにはヒトゲノムの視点からもアプローチします。そこでわかったことは、(P69より引用)
①ヒト遺伝子の総数は2万数千個から3万個。②遺伝子の主要部分は、ヒトゲノムの2%以下に過ぎない。③全ゲノムの4分の3は、他の生物と共通。④約200個の遺伝子は細菌由来と推定される。⑤全ゲノムの約半数は、同じ塩基配列の繰り返しである。
ヒトの常在細菌の種類は1000種類を超え、数は100兆個にも達します。そして、共生細菌はボク達の免疫系が正常に機能するための影の立役者であり、ボク達が健康に過ごすために必要な微生物(常在細菌)を守り続けているのです。抗生物質の使用は人類だけではありません。家畜における肥大化を助長します。2012年時点における、日本国内の抗生物質年間使用量は、総計1700トン。ヒト医療用として約520トン、家畜医療用として約720トンです。因みに世界最大国は中国と推定されています。
本当に家畜使用は合理的なのか??と米国感染症学会元会長のマーティン・ブレイザー氏が行った研究では、
ことを意味するのです。抗生物質の影響については、上述してきました。もう一つ決定的要因があります。それが、出産法の「帝王切開」です。韓国やメキシコでは3人に一人の妊婦が帝王切開によって出産し、世界で最も帝王切開による出産が多いのはブラジルだそうです。妊娠期に母親腟内で増殖した乳酸桿菌は、新生児腸内細菌叢の創始細菌となり、それに続く常在細菌の基礎となります。生後一年ほどの間に、地球上で最も複雑な生態系を構成するヒト常在細菌叢を抱え、これを「ヒト・マイクロバイオータ」と呼びます。
抗生物質も帝王切開も人類の命の救ってきました。悪いわけではなく、注意すべきはその乱用です。
ボク達は微生物の惑星に生きています。著者は私たちが「有害」と考える生物(微生物を含む)であっても、相互関連の連環のなかで、ヒトの利益として機能している例は無数にあるといいます。このような現象を生物の「両義性(アフィバイオーシス)」と呼ぶそうです。ただ、ボク達がそうした事実を知らないだけなのです。本書の結論は、
が必要である。もう、生まれ育っているボク達は、たとえば食材選びなどには、超加工食品を避ける。腸とたまには対話をし、選ぶ。それが、「私」をかたちづくるのかもしれません。何故なら、微生物という名の惑星に暮らしているのだから。
カバンに一冊、サイエンスBook。本書は本当におススメです。
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レビューは⇒

著者 山本 太郎
出版社 岩波書店
発行 2017 09/20
《ヒトにとって有益なだけの薬は存在しない。ヒトも生態系におけるひとつに過ぎず、他の生物と協調のなかでしか生きていけないのだから》
今冬の日本列島は厳冬ですね。インフルエンザ患者は過去最高だそうです。本書によれば2016年13万人以上を対象とした調査で、40%以上の人が、ウイルス性の風邪(急性上気道炎)に抗生物質が効かないことを知らないと回答したそうです。
さて、著者は現在、長崎大学の熱帯医学研究所の教授であり、「ぷープロジェクト」を立ち上げ4000メートルを超える高地や乾燥した砂漠、北極圏といった厳しい環境に暮す人びとのマイクロバイオームの保存に務めています。
「腸内フローラ」などという言葉は、良く耳にします。また、本書の核心の「抗生物質」もよくサイエンス書籍などで記述されております。本書では、その「抗生物質」の最新の科学的研究と知見が凝縮されております。人類は抗生物質を手にして僅か70年にすぎません。よって、腸内細菌が劇的に変化を余儀なくされております。この「腸内細菌」の劇的な変化は人類の長い歴史で3回あったというのです。①ヒトが火の利用による加熱調理を始めたとき。②約一万年前に始まった農耕。③約70年前に始まった抗生物質の使用です。ただ、一度目、二度目の細菌叢の変化は、何千、何万年といった時間軸、③については、ヒトが今の状況に適応するには、その時間があまりにも短く、過去の進化とミスマッチを生むのです。
その弊害の象徴が肥満です。世界全体で言えば、現在約15億人が過剰体重であり、2億人の男性と3億人に女性が肥満と推定されているそうです。過去40年にわたって、毎日世界で、8万人を上回るスピードで肥満は増えています。これは、
肥満が集団レベルでも遺伝的変異が原因で起きたことを否定します。
ヒトが突然、遺伝子的に太りやすくなったわけではないと著者は述べています。また、肥満以外にもアトピー性皮膚炎や食物アレルギー、花粉症etc..アレルギーも抗生物質の影響と考えられているのです。東京都保険局がまとめたデータでは1999年と2009年の10年間で、食物アレルギーの確定診断は、三歳児に限り7.1%⇒14.4%にと倍増したそうです。
上述した肥満、アレルギーの他にも糖尿病、自閉症、クーロン病を挙げる研究者もいるといいます。
これらは「現代の疫病」と呼び、過去半世紀に急増した病気です。これは、抗生物質が引き起こすボク達の体内に共生する細菌叢の攪乱が原因なのです。
著者は、腸内細菌叢の説明に至るまで、フレミング、ルイ・パスツール、レーウェンフックなどの研究と丁寧に説明し、その経緯を解明していくのです。抗生物質の使用を進化の視点から、さらにはヒトゲノムの視点からもアプローチします。そこでわかったことは、(P69より引用)
①ヒト遺伝子の総数は2万数千個から3万個。②遺伝子の主要部分は、ヒトゲノムの2%以下に過ぎない。③全ゲノムの4分の3は、他の生物と共通。④約200個の遺伝子は細菌由来と推定される。⑤全ゲノムの約半数は、同じ塩基配列の繰り返しである。
ヒトの常在細菌の種類は1000種類を超え、数は100兆個にも達します。そして、共生細菌はボク達の免疫系が正常に機能するための影の立役者であり、ボク達が健康に過ごすために必要な微生物(常在細菌)を守り続けているのです。抗生物質の使用は人類だけではありません。家畜における肥大化を助長します。2012年時点における、日本国内の抗生物質年間使用量は、総計1700トン。ヒト医療用として約520トン、家畜医療用として約720トンです。因みに世界最大国は中国と推定されています。
本当に家畜使用は合理的なのか??と米国感染症学会元会長のマーティン・ブレイザー氏が行った研究では、
抗生物質の使用機序ではなく、抗生物質が生体に与える効果が家畜を大きくする
ことを意味するのです。抗生物質の影響については、上述してきました。もう一つ決定的要因があります。それが、出産法の「帝王切開」です。韓国やメキシコでは3人に一人の妊婦が帝王切開によって出産し、世界で最も帝王切開による出産が多いのはブラジルだそうです。妊娠期に母親腟内で増殖した乳酸桿菌は、新生児腸内細菌叢の創始細菌となり、それに続く常在細菌の基礎となります。生後一年ほどの間に、地球上で最も複雑な生態系を構成するヒト常在細菌叢を抱え、これを「ヒト・マイクロバイオータ」と呼びます。
抗生物質も帝王切開も人類の命の救ってきました。悪いわけではなく、注意すべきはその乱用です。
ボク達は微生物の惑星に生きています。著者は私たちが「有害」と考える生物(微生物を含む)であっても、相互関連の連環のなかで、ヒトの利益として機能している例は無数にあるといいます。このような現象を生物の「両義性(アフィバイオーシス)」と呼ぶそうです。ただ、ボク達がそうした事実を知らないだけなのです。本書の結論は、
共生、共存
が必要である。もう、生まれ育っているボク達は、たとえば食材選びなどには、超加工食品を避ける。腸とたまには対話をし、選ぶ。それが、「私」をかたちづくるのかもしれません。何故なら、微生物という名の惑星に暮らしているのだから。
カバンに一冊、サイエンスBook。本書は本当におススメです。
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