▼書評 『アブサンの文化史-禁断の酒の二百年』
アブサンの文化史-禁断の酒の二百年
著者 バーナビ・コンラッド三世
訳者 浜本隆三
出版社 白水社
発行 2017 01/15
《19世紀から20世紀にかけて多くの芸術家に愛飲された緑の妖精》
普段お酒を嗜むことのないボクは、本書を通して禁断の酒〈アブサン〉について恥ずかしながら初めて知った次第です。本書は縦軸にアブサンという酒の存在、横軸に名だたる芸術家たちと見事にクロスさせ保存版ともいえる作品に仕上がっております。
世紀転換期の作家、H・Pヒューの「モルマントル」のつぎのくだりがあります。
アブサンの病的な香りが色濃く空気中に漂っている。「アブサンの時間」は、だいたい5時半を過ぎた頃にはじまり、7時半を過ぎる頃に終わる。だが、丘の上では終わりをみない。死を誘うオパール色の飲み物を、ただ飲み続ける。・・・死や破壊をもてあそぶ不気味な快楽こそがそこにあるのだ。
アブサンという言葉は、ギリシャ語の「アプシンティオン」、すなわち「飲めない」という言葉に由来するといわれております。そして、現代人が知るアブサンは、1792年にピエール・オルディネールというフランスの医者が考案したと伝えられています。氏は、アルテミシア・アプシンチウムという植物を発見し、当初は霊薬という万能薬で「緑の妖精」の名として親しまれていたそうです。その後、フランスのぺルノ一族やキューゼニア社といった酒造会社がアブサンを製造し、世間へと広まります。イギリスとスペイン、それにフランスを除くとアブサンは第一次世界大戦までに世界中で禁止されたのである。しかし、フランスでは、第一次世界大戦がはじまるまで、アブサンは相変わらず熱烈に愛飲され続けたのです。
そのアブサンに魅了された画家たちが、エドゥアール・マネ、エドガー・ドガ、ファン・ゴッホ、ピカソetc..アブサンにまつわる絵画とその人物像に迫っていきまので、ボクにとっては非常に神秘的に感じ取れるのです。例えば、エドゥアール・マネの描いた《アブサンの飲む男》とエドガー・ドガの描いた《アブサン》は17年の月日が隔てているにも関わらず、それぞれの時代の感性を、誰でも容易に見て取れるのです。マネはベラスケスを想わせる伝統的な空間対比で人物を配し、他方、ドガの構図には計算づくの即効性があり、スナップショットのようです。詳細については、図版もたっぷりの本書でご確認下さいませ。
また、ボクの大好きな画家のファン・ゴッホにまつわる新説まで飛び出してきます。すなわち、ゴッホの絵画はなぜ、黄色の色調を帯びているのか??それは、アブサンの過剰摂取に起因する視覚障害が原因であるとの憶測が本書では、披露されております。そして、パブロ・ピカソの絵画は、ドガの《アブサン》のような印象派の絵画とは明らかに異なり、ピカソの絵画は、もはや「実生活の一幕」ではなくなり、芸術家の内に秘めたる感情的な世界が、表現されているかのようです。なかでも、ピカソ作《アブサンのグラス》というブロンズの彫刻は本書でも必見です。それは、アブサンの影響を受けて制作された芸術作品のうち、最後の傑作でもあるからです。
他にも、ラファエリ、モンティセリ、ポール・ゴーギァンなどの画家のエピソードも盛りだくさんです。さらには、オスカー・ワイルドやヘミングウェイと詩人・作家と登場します。ところで、アルコール中毒は19世紀末までにフランス社会で社会問題としながらも、その理解はほどんど進んでいなかった時代です。本書の第一章から「とあるアブサン殺人」と題し、アブサンのトレビアを本書の後半に校正した背景には、読者であれば納得することでしょう。
本書の後半には、アブサンをめぐる医療史、アブサンと政治ではレイモン・ポアンカレが主役となり、アブサンと戦争では幾多の犠牲者の一人となった〈アブサン〉を読み取ることができると思います。
絵画鑑賞が近年のマイブームのボクですが、本書を読み進めると「こんな書籍を待っていた!!」と心のなかでは、思わずガッツポーズでした。酔いしれました。サブタイトルにもあるように「禁断」ってなんて書かれていると、人間の性として手にしてしまうものです。芸術好きの方も、それ以外の方もきっと本書に酔いしれることでしょう。
最後に、オスカー・ワイルドいわく
本書は、非常に稀な文化史であり、おススメです。
*本書の表紙は、アルベール・メニャン作の《緑の女神》。詩人が「緑の妖精」の魅力にとりつかれているさまです。

著者 バーナビ・コンラッド三世
訳者 浜本隆三
出版社 白水社
発行 2017 01/15
《19世紀から20世紀にかけて多くの芸術家に愛飲された緑の妖精》
普段お酒を嗜むことのないボクは、本書を通して禁断の酒〈アブサン〉について恥ずかしながら初めて知った次第です。本書は縦軸にアブサンという酒の存在、横軸に名だたる芸術家たちと見事にクロスさせ保存版ともいえる作品に仕上がっております。
世紀転換期の作家、H・Pヒューの「モルマントル」のつぎのくだりがあります。
アブサンの病的な香りが色濃く空気中に漂っている。「アブサンの時間」は、だいたい5時半を過ぎた頃にはじまり、7時半を過ぎる頃に終わる。だが、丘の上では終わりをみない。死を誘うオパール色の飲み物を、ただ飲み続ける。・・・死や破壊をもてあそぶ不気味な快楽こそがそこにあるのだ。
アブサンという言葉は、ギリシャ語の「アプシンティオン」、すなわち「飲めない」という言葉に由来するといわれております。そして、現代人が知るアブサンは、1792年にピエール・オルディネールというフランスの医者が考案したと伝えられています。氏は、アルテミシア・アプシンチウムという植物を発見し、当初は霊薬という万能薬で「緑の妖精」の名として親しまれていたそうです。その後、フランスのぺルノ一族やキューゼニア社といった酒造会社がアブサンを製造し、世間へと広まります。イギリスとスペイン、それにフランスを除くとアブサンは第一次世界大戦までに世界中で禁止されたのである。しかし、フランスでは、第一次世界大戦がはじまるまで、アブサンは相変わらず熱烈に愛飲され続けたのです。
そのアブサンに魅了された画家たちが、エドゥアール・マネ、エドガー・ドガ、ファン・ゴッホ、ピカソetc..アブサンにまつわる絵画とその人物像に迫っていきまので、ボクにとっては非常に神秘的に感じ取れるのです。例えば、エドゥアール・マネの描いた《アブサンの飲む男》とエドガー・ドガの描いた《アブサン》は17年の月日が隔てているにも関わらず、それぞれの時代の感性を、誰でも容易に見て取れるのです。マネはベラスケスを想わせる伝統的な空間対比で人物を配し、他方、ドガの構図には計算づくの即効性があり、スナップショットのようです。詳細については、図版もたっぷりの本書でご確認下さいませ。
また、ボクの大好きな画家のファン・ゴッホにまつわる新説まで飛び出してきます。すなわち、ゴッホの絵画はなぜ、黄色の色調を帯びているのか??それは、アブサンの過剰摂取に起因する視覚障害が原因であるとの憶測が本書では、披露されております。そして、パブロ・ピカソの絵画は、ドガの《アブサン》のような印象派の絵画とは明らかに異なり、ピカソの絵画は、もはや「実生活の一幕」ではなくなり、芸術家の内に秘めたる感情的な世界が、表現されているかのようです。なかでも、ピカソ作《アブサンのグラス》というブロンズの彫刻は本書でも必見です。それは、アブサンの影響を受けて制作された芸術作品のうち、最後の傑作でもあるからです。
他にも、ラファエリ、モンティセリ、ポール・ゴーギァンなどの画家のエピソードも盛りだくさんです。さらには、オスカー・ワイルドやヘミングウェイと詩人・作家と登場します。ところで、アルコール中毒は19世紀末までにフランス社会で社会問題としながらも、その理解はほどんど進んでいなかった時代です。本書の第一章から「とあるアブサン殺人」と題し、アブサンのトレビアを本書の後半に校正した背景には、読者であれば納得することでしょう。
本書の後半には、アブサンをめぐる医療史、アブサンと政治ではレイモン・ポアンカレが主役となり、アブサンと戦争では幾多の犠牲者の一人となった〈アブサン〉を読み取ることができると思います。
絵画鑑賞が近年のマイブームのボクですが、本書を読み進めると「こんな書籍を待っていた!!」と心のなかでは、思わずガッツポーズでした。酔いしれました。サブタイトルにもあるように「禁断」ってなんて書かれていると、人間の性として手にしてしまうものです。芸術好きの方も、それ以外の方もきっと本書に酔いしれることでしょう。
最後に、オスカー・ワイルドいわく
「アブサンは素晴らしい色をしている。緑色だ。一杯のアブサンは。この世のなによりも詩的である。一杯のアブサンと夕陽、両者は何が違うというのか」。
本書は、非常に稀な文化史であり、おススメです。
*本書の表紙は、アルベール・メニャン作の《緑の女神》。詩人が「緑の妖精」の魅力にとりつかれているさまです。