■書評 ヒトはなぜ絵を描くのか-芸術認知科学への招待
ヒトはなぜ絵を描くのか-芸術認知科学への招待
著者 齋藤 亜矢
出版社 岩波科学ライブラリー
発行 2014 02/04
まずは、わたくしごとで大変恐縮であるが、ボクは絵を描くことが大の苦手である。しかし本BLOGにおいて何度かお伝えしているように最近のマイブームは美術鑑賞である。鑑賞した感想を聞かれると返答に困る。何故なら著名人の名作を観て感じとることしかできないのが現状だからだ。よって今回は本書をセレクト。
考古学の研究が進んで、後期石器時代である約4万年前~1万年前に描かれた壁画は、ボク達と同じクロマニョン人といわれていた。最新のウラン-トリウム年代測定法という調査方法で、南アフリカのブロンボス洞窟で見つかった描画はなんとネアンデルタール人の可能性もゼロではないという。従ってあの「エル・カスティージョ洞窟」の約4万8百年前という見積もりになる。
ホモ・サピエンスの歴史のなかで、文字をもたない文化はめずらしくないが、絵画や彫刻、身体装飾の芸術をもたない文化は、ほぼ皆無に等しい。従って、著者は現存するなかで、ヒトに最も近縁なチンパンジーを利用しまずは実験を試みる。ゲノムの差異でいうとヒトとチンパンジーの差はわずか1.2%。しかもチンパンジーの記憶力は非常に良い。本書によれば、京都・霊長研究所のチンパンジーたちは、数字の順番を覚えていて、画面上のランダムな数字を押すのがなんと京大生よりも速い。チンパンジーとの比較が「比較認知科学」の手法だ。ここでまず、ひとつ目にキーワード「想像力」がはっきりした。
著者が行った刺激図形の実験では、右目のない顔をヒトとチンパンジーに見せたら、ヒトは2歳半~3歳以降の子どもたちだと「あれ、おめめ、ない」と右目を書き入れたそうだ。他方、チンパンジーは目を補って「ない」目を書き入れたケースは一度としてなかったそうだ。先述したようにチンパンジーは記憶力が良いにもかかわらずだ。このケースで描かれた部位にしるしづける行為が運動発達能力の発達とともに、顔全体から目や口などの部位に収束することがわかる。
また、別の実験では「頭足人」=おたまじゃくし人間を描く小さな子どもたちが多いという。いわゆる、頭と足を描き、胴体は漠然としているので子ども達は後から覚える部位になる。そう子どもは、見たのもではなく知っているいるのもを描いていたのだ。ここで2つ目のキーワード「言語」の関連性が注目される。医学的にいえば、脳の2つの経路「腹側経路」と「背側経路」がマッチすることをいう。すなわち前頭葉からのトップダウンの処理によりモノの形を(知識表象)を選択しそれまでの知識と記憶を「何か」としてカテゴリー化し、さらにシンボルの置き換えれば、情報としての記憶から他者に伝えることが容易になり、効率的なコミュニケーションができるようになる。ヒトには文化や技術を発展させたまさしく原動力が備わっていた。このカテゴリー化の基準になるのが「言語」だ。
では、本書のタイトルでもある「ヒトはなぜ絵を描くのであろうか?」そのひとつが、脳科学者の茂木健一郎氏が広めた「aha!アハ体験」、すなわち運動調整能力が未発達な子でも絵筆を動かすこと、紙面上の線が変化し、頭の中に想起されたイメージを目に見える形で「外化」することができ、この瞬間に脳は報酬系が活発になり快感として感じられる。著者のように絵の上手な方は、純粋に楽しく、またイメージの共有化もできる。よってさらに描く楽しさが増すと思われるが・・ボクのような絵の苦手なヒトは?これは、ある意味ビジネスと同じではないだろうか?例えば作品と向き合うことは、自分の知識や記憶を「探索」することであり、観ること自体が創造的作業でもある。ゆえに作品を制作する人だけではなく、鑑賞する人にも創造的作業を促す。よって「想像」、「言語」、「創造」の3つがキーワードとなる。
本書によれば、おとなになると周りはすべて見知った「何か」ばかりで、選択的注意も巧みになるという。いったん「何か」を分類してしまえば、それ以上は必要なモノ以外は見ようとしないそうだ。これを逆手にビジネスに活かせばビジネスチャンスのつながる気がする。

著者 齋藤 亜矢
出版社 岩波科学ライブラリー
発行 2014 02/04
まずは、わたくしごとで大変恐縮であるが、ボクは絵を描くことが大の苦手である。しかし本BLOGにおいて何度かお伝えしているように最近のマイブームは美術鑑賞である。鑑賞した感想を聞かれると返答に困る。何故なら著名人の名作を観て感じとることしかできないのが現状だからだ。よって今回は本書をセレクト。
考古学の研究が進んで、後期石器時代である約4万年前~1万年前に描かれた壁画は、ボク達と同じクロマニョン人といわれていた。最新のウラン-トリウム年代測定法という調査方法で、南アフリカのブロンボス洞窟で見つかった描画はなんとネアンデルタール人の可能性もゼロではないという。従ってあの「エル・カスティージョ洞窟」の約4万8百年前という見積もりになる。
ホモ・サピエンスの歴史のなかで、文字をもたない文化はめずらしくないが、絵画や彫刻、身体装飾の芸術をもたない文化は、ほぼ皆無に等しい。従って、著者は現存するなかで、ヒトに最も近縁なチンパンジーを利用しまずは実験を試みる。ゲノムの差異でいうとヒトとチンパンジーの差はわずか1.2%。しかもチンパンジーの記憶力は非常に良い。本書によれば、京都・霊長研究所のチンパンジーたちは、数字の順番を覚えていて、画面上のランダムな数字を押すのがなんと京大生よりも速い。チンパンジーとの比較が「比較認知科学」の手法だ。ここでまず、ひとつ目にキーワード「想像力」がはっきりした。
著者が行った刺激図形の実験では、右目のない顔をヒトとチンパンジーに見せたら、ヒトは2歳半~3歳以降の子どもたちだと「あれ、おめめ、ない」と右目を書き入れたそうだ。他方、チンパンジーは目を補って「ない」目を書き入れたケースは一度としてなかったそうだ。先述したようにチンパンジーは記憶力が良いにもかかわらずだ。このケースで描かれた部位にしるしづける行為が運動発達能力の発達とともに、顔全体から目や口などの部位に収束することがわかる。
また、別の実験では「頭足人」=おたまじゃくし人間を描く小さな子どもたちが多いという。いわゆる、頭と足を描き、胴体は漠然としているので子ども達は後から覚える部位になる。そう子どもは、見たのもではなく知っているいるのもを描いていたのだ。ここで2つ目のキーワード「言語」の関連性が注目される。医学的にいえば、脳の2つの経路「腹側経路」と「背側経路」がマッチすることをいう。すなわち前頭葉からのトップダウンの処理によりモノの形を(知識表象)を選択しそれまでの知識と記憶を「何か」としてカテゴリー化し、さらにシンボルの置き換えれば、情報としての記憶から他者に伝えることが容易になり、効率的なコミュニケーションができるようになる。ヒトには文化や技術を発展させたまさしく原動力が備わっていた。このカテゴリー化の基準になるのが「言語」だ。
では、本書のタイトルでもある「ヒトはなぜ絵を描くのであろうか?」そのひとつが、脳科学者の茂木健一郎氏が広めた「aha!アハ体験」、すなわち運動調整能力が未発達な子でも絵筆を動かすこと、紙面上の線が変化し、頭の中に想起されたイメージを目に見える形で「外化」することができ、この瞬間に脳は報酬系が活発になり快感として感じられる。著者のように絵の上手な方は、純粋に楽しく、またイメージの共有化もできる。よってさらに描く楽しさが増すと思われるが・・ボクのような絵の苦手なヒトは?これは、ある意味ビジネスと同じではないだろうか?例えば作品と向き合うことは、自分の知識や記憶を「探索」することであり、観ること自体が創造的作業でもある。ゆえに作品を制作する人だけではなく、鑑賞する人にも創造的作業を促す。よって「想像」、「言語」、「創造」の3つがキーワードとなる。
本書によれば、おとなになると周りはすべて見知った「何か」ばかりで、選択的注意も巧みになるという。いったん「何か」を分類してしまえば、それ以上は必要なモノ以外は見ようとしないそうだ。これを逆手にビジネスに活かせばビジネスチャンスのつながる気がする。