▼書評 『風味は不思議-多感覚と「おいしい」の科学』

風味は不思議風味は不思議-多感覚と「おいしい」の科学

著者 ボブ・ホルムズ
訳者 堤 理華
出版社 原書房
発行 2018 03/26





《風味は、食べ物に含まれているものだけにあらず》
本書は今年読了した書籍で一番面白かったです。と言ってもまだ30数冊ですが。著者はカリフォルニア大学でサイエンスライティングの講座で数年間教鞭の経験もあるとのこと。読み手を飽きさせず、まだまだ解明されていない点も多いは致し方ないが、クスクスと笑いがとびでるほど展開ですばらしい出来栄えでした。

本書の前に、総菜や弁当など「中食」の市場規模が2017年に初めて年10兆円を突破したそうです。共働き世帯が増加し「時短需要」が拡大している背景だそうでうね。唐突ですが、皆さま「お食事は味って食べていますか??」本書をご一読いただければ味わいは、まさに「脳科学」です。日々の何気ない食事がこんなにも奥深かったとは。

さて、味覚には4種類の基本味、甘味・塩味(えんみ)・酸味・苦味さらには、1908年に我が国の研究者池田菊苗が発見した「うまみ」が5番目の基本味に認定されたことは広く知られているわけです。竹しか食べないパンダは、タンパク質を判定する必要がないため、うまみを感じませんし、吸血コウモリは血液の塩味さえ感知できればよく、甘味、うまみ、苦味を感じないそうです。とはいえ、自然界には、混じりけなしのグルタミン酸を味わえる食べ物はありません。さらにはうまみ受容体は低濃度で極限に達します。つまり、うまみは人間の感覚器官の仕組みによって、曖昧であるように定められているのです。

たとえば、「味覚」といえば「口腔内」。いやいや味覚受容体は腸、脳、肺にさえ存在し、いわば全身に存在することが解ってきたそうです。さらには第6の味覚は「脂肪味(オスオガスタス=ラテン語)」だとも。その代表が発酵食品と臭いチーズです。舌が用いる受容体はせいぜい30~40種類ですが、驚くべきは嗅覚です。人間は約750種類の色と34万種類の音を識別できます。嗅覚の何がすごいのか??ヒトゲノムには全部で約2万個の遺伝子がありますが、これらの遺伝子が出す指令によって全身を作動させるために分子の信号が飛び交います。その司令部たる遺伝子群は20個、そのひとつがにおい受容体なのです。

そのにおい受容体は400種類あり、少なくとも1兆種類のにおい物質(オブジェクト)をかぎ分けられるそうだから、嗅覚の世界は厖大だという基本的メッセージであります。また、科学的に捉えても「嗅覚」は違います。それが脳はにおい情報—ヒトのもっとも古い感覚に分類される—を処理する際、視覚や聴覚などの新しい感覚に比べ、かなり異なった方法を用います。ただし、1000個のゲノム資料によると、約30%のにおい受容体で、個人間に有意差をもたらすといいますから、一言で「おいしい」といっても人それぞれといえますね。つまり、遺伝的差異です。詳細については、本書でご確認下さい。

第一章では「味覚」、第二章では「嗅覚」、第三章では「痛覚、触覚」です。たとえば、この章では「トウガラシ」の嗜好に関わっている遺伝子の割合は18~58%だといいます。第四章は「聴覚、視覚、思考」です。たとえば、パリパリ音が風味のポテトチップスの鍵。咀嚼音が大きい、あるいは高振動数の領域のケースは、実験者はチップスの歯ごたえと新鮮さを15%高く評価したそうです。CMではチップスのみならず、ビールののどごしetc..と消費者をクスグルCMが枚挙に遑がありませんよね。視覚の面では、食べ物の盛り付けだって大切です。白い皿で出したストロベリームースのほうが、黒い皿のものよりもずっと甘く感じられたそうです。

さて、風味は脳科学だと上述しましたが、ボクたちは一口ごとに、感覚―味、におい、食感、温度、ときにはパリパリ音など—が脳にどっと配達されます。風味の大半は嗅覚由来ですが、その知覚源は鼻であります。では、なぜ風味は口に存在するような気がするのでしょうか??

脳にどっと配達され、

脳はそれらは「単一の経験」に梱包して、もっとも多くの感覚が発生した場所、口を発送元に割り当てられるからです

と。つまり、

一般的に、食べ物に風味があると誤解されている。しかし、食べ物に含まれるいるのは風味の分子であって、それら分子の風味を創造するのは、じつは脳

なのであったのです。

さらには本書の第6章では、フレーバー産業に潜入した取材が小職にとっては、読み応えがありました。たとえば、本物のリンゴには少なくとも2500種類の風味物質を含んでいるのに対して、大手フレーバー社のリンゴキャンディは26種類にすぎません。すなわち、フレーバー産業にできるのは、「リンゴ味」の心的イメージを作り出すのに2500種の化学部物質を必要とはしないのです。

さらには、コカ・コーラ社のフレーバーリストは、ほんの40種類の原臭だけで全食物の85%を認識可能なレベルに複製できるといいます。そして、この種の最新の研究はIBMのトーマス・J・ワトソン研究所で行われています。フレーバー同様に何をどう組み合わせるのか!!ポイントは「斬新で、かつ価値があること」。「価値」とは「おいしい」と同義語です。フレーバー化合物をもっとも好む知識と、化学的組成の重複を計算する能力を用います。

前述のワトソン・シェフのアプリは毎月約5万件の素材の組み合わせを作成しているといいます。この次の段階は現在のデータに栄養情報を加え、シェフ・ワトソンと栄養士ワトソンのひとり二役をこなすとIBMの研究者は述べていたそうです。

著者は、スローフード・カナダのメンバーでもあります。その道のプロ、研究者・大学教授など足蹴く通う姿が目に浮かびました。本書はタイトル通りで、まさに風味は不思議なのですが、インスタ映えするお料理の前に是非手に取っていただきたい書籍だと思います。

年初に、書籍『残念和食にはワケがある-写真で見るニッポンの食卓の今』を読了しましたが、お味噌汁をマグカップでいただく写真が掲載されていました。本書で記されているように、お皿の選別も非常に大事なのです。五感を感じながら食事という時間を満喫したいものですね。

風味は、食べ物に含まれているものだけにあらず、です。
おわりに・・40代を過ぎるとメルカプタン―ガス漏れに気づくように添加される臭い化学物質のにおいのわかる能力が低下するそうです。ご注意下さいませ。
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訳者 堤 理華
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