▼書評 児童虐待から考える-社会は家族に何を強いてきたか

児童虐待児童虐待から考える-社会は家族に何を強いてきたか


著者 杉山 春
出版社 朝日新聞出版
発行 2017 12/30







本書はもっと注目されていいと思う。社会問題として「高齢者ドライバー」が近年取りざたされております。本書の表表紙には年間児童虐待数は10万件を突破し、今なお増え続けているという。年間10万件!!ボクにとっては驚愕は数字でした。高齢者ドライバーと決定的に違うのは、高齢者事故は他人を巻き込む可能性が大であり、もしも小さな子どもが被害にと。児童虐待はいわば身内ということです。虐待する「親」が悪い 誰もがそう思うかも知れません。しかし、

約10万件の事例の中から核心を突く事例が本書では、ピックアップされています。
2014年5月30日、神奈川県厚木市内アパートの一室で、白骨化した子どもの遺体がゴミに埋もれた部屋の布団の上で発見された。高橋優紀君(仮名)。5歳で亡くなったと見られ、生きていれば中学1年生だった。父親の高橋健一(仮名、37歳=当時)が保護責任者遺棄致死の疑いで、警察が健一を逮捕。

健一は、いくつかのハンディキャップを抱えていたといいます。本書では著者が拘置所の健一と手紙をやり取りをした記録も公開しております。その上で、健一のハンディキャップは下記の4点です。

①:知的なハンディキャップ
②:精神疾患のある母親の下で育った生い立ち。
③:シングルファザーであったこと。
④:夫婦とも実家との関係がよくなかったこと。 です。

健一の職場での評価は、非常に高く、上位20%に当たる「Aランク」でした。しかし、精神遅滞と呼ばれる人たちは生物学上では僅か2%程度といわれ、日本には270万人いる計算になるそうです。健一は優紀君に、1日に2回のコンビニのおにぎりとパン、500mlの飲み物という食事しか与えなかったそうです。②の母親の下で育った健一は、専門家の意見では子どもの時代の記憶がなければ子育てモデルを持てないといいます。さらには、③父子家庭を維持するには、第一に親族によるインフォーマルサポートがあること、第2には子どもの年齢・性別・人数。たとえば子どもが中学生以上であれば、父親は土日勤務や夜勤が可能になる。第3に年間収入が700万以上で、学歴も大学大学院卒であること。健一は第1~第3までどれにも該当しておりません。

健一の父親は、裁判の場において、健一に対して「2年間よく頑張った」という思いを述べたそうです。同じ言葉を健一の妹も証言しているそうです。生真面目であった。著者による結論はこうでした。本書を読了するまで、残忍な親=健一が浮かび上がりますが、「多様なハンディキャップを負った人たちの困難を、個人にのみ帰した」、ボクは著者の意見に激しく同意しました。

もっとも力が乏しい人たちから順番に社会から排除されていく。そのような社会の現実が進行する。

その最たる事例が上述の事例でした。健一は懲役12年の判決だったそうです。さらに、本書では「武豊町3歳児餓死事件」、「大阪2児置き去り死事件」と列記されております。ルポライターとして活躍する著者が、2000年半ばくらいから起きる虐待死事件の多くが、いったん夫婦が別れ、子どもを連れた女性が新しい男性と出会う中で起きていると感じたそうです。また、虐待の世代間連鎖という問題もあるようです。虐待を受けて育った人たちの3割がわが子を虐待するといわれております。しかも、子どもを虐待死させてしまう親の場合、100%虐待を受けて育っていると専門家は言います。

著者自身も子育てに追われた時期を鑑み、子どもを育てるということは、

弱さをもつ者を育てるということは、弱い立場に立つということだ。

こう思ったそうです。月並みにいえば、子ども=未来の宝ですよね。未来の宝を育てるために、弱い立場に立つ。これは大問題です。しかも、少子・超高齢化時代の日本。有史以来、子育ては母親「だけ」が担うものではありませんでした。家族は地縁血縁の共同体の中で生活をしており、母親が子育てをしつつ、生産活動に従事することは当たり前のことでした。核家族の中で、父親が外で働き、母親だけが家で子育てを担い、カプセルのように家庭が閉じこもってしまうかたちは、産業社会の発達以降、近代社会の産物です。

上述の3つの事件、厚木男児遺体放置事件、武豊町3歳児餓死事件、大阪2児置き去り事件と3つの共通項は、親は「生真面目」であり、自分自身の苦しさを感じ、そこから主体的に助けを求めるのではなく、社会の規範に過剰なまでに身を沿わそうとして、力尽きてしまう。さらには、全員が子ども時代、ネグレクトや暴力的な環境で過ごし、子ども時代に周囲の大人たちに、十分に自分の気持ちや意見を聞いてもらえないまま育っています。

児童虐待とは、現代社会の病です。虐待死させる親たちは、

社会の様々な支援から遠ざかった不遇な人たちだ。むしろ、古典的な家族の形しか知らず、新しい家族に関する価値観にアクセスできず、それでも家族にこだわり、閉じこもった人だ。そして、実は、誰もが子どもを育てたいと願っていた時期があるのだ

とも。上述した点にしっかり手を差し伸ばしていくこと。新しい子育ての形を社会として作っていくことが、今一番必要なことではないでしょうか。今回、あまりにもネットで配信されるニュースにおいて「虐待」の話題が多かったので本書を手にしたわけであるが、これがニュースの深層かと深く考えさせられました。本書では、「川崎中1殺害事件」もピックアップされております。

「虐待」、その親や身内の問題ではなく、明らかに社会問題なのです。

多くの皆さんに、是非本書を手に取っていただきたいと思います。

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