▼書評 『おどろきの金沢』

おどろきの金沢おどろきの金沢

著者 秋元 雄史
出版社 講談社+α新書
発行 2017 06/20







《そうだ、金沢へ行こう!!》
今年ボクは、滋賀県へ2泊3日の旅行へ出かけました。県民性なのでしょうか。お土産さんで押し売りは一切なし、深々と頭を下げる。非常に印象に残っております。また、軽井沢での車の往来と違い、外車保有率が少ない県ではと思っております。これも県民性??そこまで調べておりませんが。

さて、本題です。平成27年3月長野~金沢まで新幹線が開通しました。小職も是非一度石川県巡りの旅に出かけたいのですが、「混んでいる、人が多い」というイメージとインバウンドなどを考慮しほとぼりが冷めるまで、控えております。人口約46万人、金沢市の観光客は年間800万人だそうです。著者が10年暮らした金沢市は、「ゆったりとした女性的なまち、しかし水面下はそうぞうしい」、さらには「加賀百万石」の街ということです。著者自身も金沢に暮しはじめて思ったそうです。「加賀百万石と言っても、200年前の話でしょ」っと。何しろ、金沢でタクシーに乗るとはっきりするそうです。「前田さんがね・・・」と加賀の殿様のことをごくごく自然の会話に織り込んでくるそうです。

そんな著者は、香川県の直島のアートプロジェクトに従事し、その後金沢21世紀美術館の館長に赴任しました。そのヘッドハンティング役が前市長の山出保氏であります。この前市長がすごい。5期20年にわたり金沢市長だったそうで、まちづくりのスペシャリストである。たとえば、政策のひとつに「旧町名復活運動」があります。花街の主計町は加賀藩主の富田主計の邸があったところなど11の旧町名を復活させ、さらには、あのルーブル美術館との共同企画までやってのけました。

山出保氏から金沢21世紀美術館の館長へと任命された著者が指示されたことは、「美術館をもっと市民に浸透させてほしい」、「工芸を大切にしてほしい」。そこから著者の挑戦が始まったのです。しかし、金沢21世紀美術館は「現代美術」という枠がありました。古い工芸を研究する研究者はいます。陶磁、漆芸などを研究しているは「江戸までです」最近になり明治が研究対象に。平成・現代は問題外なのです。大体、当初のSANAAの建築ユニット妹島和世さん、西沢立衛さんが設計した360度ガラス張りで丸い建物=金沢21世紀美術館が伝統工芸36もある金沢市にそぐわないetc..と伝統のまちでの葛藤が生まれるのです。それが「美術と政治」です。

価値観とは社会においてはひとつのパワー。アートの歴史はパワー対パワーの闘争の歴史、いわば政治性のぶつかり合いということだったのです。金沢の旦那衆と飲み歩く、著者の地道な努力は本書でご確認下さいませ。金沢市内全校の小学4年生約4000人が金沢21世紀美術館へ来館し、芸術を楽しむ。美術館には人と違うことを平気で表現する作家たちの作品で溢れております。

人さまざまに個性的なアイデアを持ち、いろいろなことを考えているものだと知っていく。だから自分と違うアイデアに対してもそれをいったん受け入れていく心の許容範囲を持つ、これが心の豊かさであると。

芸術は「心の豊かさ」を養うには恰好な場と著者が改めて教えてくれました。そして、著者が気付いた画期的なことは、西洋の世界観を前提にした現代アートの土俵では勝負できないと実感し、日本人ならではのアートのフィールドはどこなのか?問いただしたそうです。それが、

日本は緻密なものづくりが得意。日本の真のローカリティから生まれてきた伝統文化や、それを支える技術や材料などをブラッシュアップすることこそ、世界化できる土俵である

と。伝統工芸の集積地金沢、ユネスコ創造都市ネットワークにも加入し、文化で国際化することの意味を理解している金沢にこそ、可能性を感じたそうです。これは、職場のビジネスパーソンにおいても同様でしょう。「自分の強みを知れ」ですね。

そして、上述したもう一点。「加賀百万石のまち」とは、何も歴史文化財だけではありません。著者がある茶会に参加したとき、その席順にびっくりしたそうです。まず、正客(メインゲスト)に前田家の十八代のご当主利祐さま。加賀八家の末裔が8名並び、次いで県知事、市長が座ると。家の「格」が息づく街なのです。

本書では、金沢の絶対おススメの場所も記述されております。金沢21世紀美術館の館長を10年務めた著者は、金沢にとって文化とは、

もうからないものではなく、もうけを生む土台であり、長い目で見れば人や地域を育てる肥やしのようなもの、大事な資源

なのであるといいます。1泊2日のご旅行では真の金沢を理解できません。10年暮らした著者でもまだまだわからないことだらけといいます。金沢の文化を支えているのは、金沢市民というこを本書を読了すればおわかりいただけるでしょう。

小京都・金沢と表現される方もいると言いますが、完成された京都のまちとは明らかに違います。それは進化している街だからと思います。

金沢21世紀美術館的なものは、金沢市にとっては非日常でした。泉鏡花が描いたように「この世(日常)」と「あの世(異界)」の異界的要素。その異界は金沢になかった価値観を呼び入れ、それによって街は刺激を受けて、内部で醸成されて、次の「金沢」をかたちづくっていきます。前述が京都とは決定的に違う点ではないでしょうか。

本書では「金沢vs.イオン戦争」に記されておりますが、目先の利益にとらわれない街づくりにも参考になる箇所もあると思います。旅行雑誌を片手に旅を、観光地ランキングの上位巡りは小職致しません。また、余談ですが徳島の伝統芸能「阿波おどり」は、今年はどうやら中止のようです。寂しいニュースではあります。伝統を継続し次世代に伝承することは、本当に難しいのです。

今後ボクは、本書のような「金沢らしさ」を自分で探す、そんな旅ができればと思っております。
旅行好きの方は是非本書を手にとって下さいませ。