■書評 なぜ他人の不幸は蜜の味なのか

26156009_1なぜ他人の不幸は蜜の味なのか

著者 髙橋 英彦
出版社 幻冬舎ルネッサンス
発行 2014 04/10




なぜ、本書のタイトルにはが付いていないのか。その点を一番不思議に思いこの書籍を手にした次第です。ところで、著者の専門は精神医学、融合社会脳でとりわけ「統合失調症」のある反論文では、権威ある「Nature」誌に掲載されるほどの、この分野のパイオニアです。

本書は二部構成。まずは、fMRI(磁気共鳴画像法)を用いて脳の活動の様子を探り、他人の不幸と報酬系(線条体)との関わりを解説します。このfMRIは神経細胞の活動に伴って、血液中の酸素濃度が変わり、MRI信号の強さが変わります。この効果を利用して血流動態反応を画像化し、脳内のどの神経細胞が活動しているのかを明らかにするのです。この効果を解明したのが、ベル研究所に在籍していた日本人・小川誠二氏です。そして、第二部は、精神・神経疾患の診断や治療、脳科学と自由の意志の問題等に言及しています。

まず、「他人の不幸は蜜の味」です。他人の不幸を喜んでしまう。この事は道徳的にいかがなものか?そんな感情をもった経験をした方は多いと思います。しかし決して自己嫌悪に陥ることなく、そもそも人間の脳が、他人の不幸を「蜜の味」であると感じるようにできているそうです。これは、世界共通です。例えば、ドイツではシャーデンフロイデ(損害に伴う喜び)という単語が存在するそうです。これを本書で「隣の芝は青く見える」で科学します。なぜヴェルサイユ宮殿ではないのか?それは何故か?皆さんも是非、お考えになってくださいませ。例えば、宝くじ5億円当選!!これが遠方の方ではなく、お隣近所の方だったら・・妬みが生まれることでしょう。

さて、その妬みを感じているとき、機能的MRIはどのように捉えたのでしょうか?前頭葉の一部、前部帯状回の活動に反応が見られたそうです。しかもこの前部帯状回の上の部分は、身体の痛みの処理にも関係している部位です。非常に興味深い結果です。従って、妬み=心の痛み という図式が成り立ち、著者の専門とする心の痛みに対する薬物や物理的な治療法の開発の可能性があります。もっとも「妬み」は誰しもが持つ感情ではありますが、問題は妬みが強すぎて日常生活が送れない、罪を犯す、社会に迷惑や害が及ぶケースに応用が期待されます。

上述したように「他人の不幸は蜜の味」、はボク達の脳が勝手に反応するのは事実ですが、だからといってボトムアップ的に脳の反応に従って行動することは、現代社会において必ずしもふさわしいものではありません。ラットやサルでも「妬み」は確認されていますが、ボク達は高度な大脳皮質を持ち、他者と共存しながら生きていかなければなりません。よって進化の過程において、脳の自然な反応に従って行動することは、あまり適応的でないといえます。そして、本書によれば、人間の脳の大きさのデータから判断すると、現時点で一人の人間の脳は、150人の集団に適応しているそうです。

著者は、「他人の不幸は蜜の味」、「正直ものは損をする」このダークサイドの側面を見て、逆にサニーサイドの研究を行っているのです。「正直は、最善の策」という諺があります。その反対の性格傾向が「マキャベリズム」といわれております。中脳のセロトニントランスポーターに密度が低い人ほど、実直で正直で他人を信用しやすい傾向にあり、また、不公平に対して義憤にかられ、個人的に「得」にならない行動に出やすいことを研究により解明したそうです。先述したように本書で紹介されている実験は、この分野に精通していなくても非常にわかりやすいです。そして、著者は「罪責感と羞恥心」という概念を世界で初めて脳科学で示しました。

最近の新型うつ病や発達障害、度々議論になる司法での場での責任能力etc..をfMRIを用いて精神状態をコントロールするトレーニングを行い、脳のあり方を変えていく。さらには、iPS細胞との応用と新薬が開発されるまで非常に時間のかかる時代となったいま、著者の行っている研究は、精神・神経疾患に有効となりえるでしょう。

人間の脳の重さは、体全体のわずか2%といわれていますが、されど2%です。最新の脳科学・心理学書をお探しの方にはオススメの書籍です。