■書評 シェイクスピアを追え!消えたファースト・フォリオ本の行方

26045965_1シェイクスピアを追え!消えたファースト・フォリオ本の行方

著者 エリック・ラスムッセン
訳者 安達 まみ
出版社 岩波書店
発行 2014 02/21


シェイクスピアの没後、1632年国王一座の同僚であったジョン・へミングとヘンリー・コンデルによってシェイクスピアの戯曲36編が集められ、最初のファースト・フォリオ本が刊行された。2002年BBCが行った「100名の最も偉大な英国人」投票で第5位となったウィリアム・シェイクスピア。本書の主役は「ファースト・フォリオ本」である。幼稚な喩であるが、マンガ『ドラゴンボール』の「玉」が主役ということである。この書籍はそんな展開で躍動感溢れる文体で読み手の好奇心を呼び覚ます。

さて、本題に移ろう。訳者の安達氏は2009~2013年まで日本シェイクスピア協会の会長を務められた方である。その協会の存在を知らなかったのだが、それは今なおシェイクスピアが愛されている証左であり、かつコレクターにとっては世界的に有名な絵画同様手にしたい作品が、まさに「ファースト・フォリオ本」である。現に当時の安田海上保険の代表取締役・後藤氏がゴッホの『ひまわり』を3900万ドルで購入したとある(本書P60)

体系的な試みを行ったのは、英国の伝記作家及び批評家のシドニー・リーが『シェイクスピアの喜劇、歴史劇、および悲劇―現存するファースト・フォリオ本を総覧』を編纂した。ナイト爵位を与えられた忍耐と勤勉の賜物であった。しかし、152冊。それでも足りない・・それから著者はチームを結成し共同作業に従事し、10年以上かけて60万語の研究書『シェイクスピアのファースト・フォリオ説明カタログ』を完成させた。それがいかに、包括的であるか、本書でご確認いただきたい。その本の歴史、でどころ、所有者たち、装丁などの詳細に加えて、すべての手書きの書き込みの写し、すかしetc..の情報が記されている。

21世紀になって6億円で落札された世界でもっとも高額な書物のエピソードの数々は、私的には¥2268-では安いくらいだと思う。そんなエピソードの中で、大学教授になりすまし、専門図書館に試験訪問しフォリオ本の寸法を測る。そして犯罪は実行された。場所は、マサチューセッツ州のウィリアムカレッジである。その前にミドルベリー・カレッジの便箋の紹介状を偽造し、ウィリアムカレッジに送付しておいた手の凝りようだった。教授になりすました窃盗犯の主犯格は、見事「狐のレアール」に差し替えた。FBIも動いた本件であるが、窃盗団の一員は「ヒトラーにこの本を取られたくなくてね」と警察に出頭したそうだ。真偽はともかく・・・なかなか気の利いた答えではないだろうか。ヒトラーといえば、稀少本のコレクターで有名だからだ。結局主犯格も捕らえられ、失態を犯した当大学の当直のカレッジの司書も解雇されずにすんだそうである。先述したように、ブラッド・ピッド主演の『オーシャンズ11』を観ているそんな展開のエピソードの数々が盛りだくさんである。

また著者らのチームの調査の過程であることに気づく。それは、ファースト・フォリオ本を入手した後、まもまく亡くなった方が実に多いことか?相続、競売、購入とさまざまであるが、そのなかに『トム・ソーヤの冒険』の著者で知られるマーク・トゥエインの友人も含め本書の記述だけでも10名が亡くなっている。実に不思議だ。それにしても、著者のチームがいかに綿密に調査したかが窺い知れる。

本書によれば、現在地球上で232冊を数える「存在がわかっている本」。明星大学図書館が、ワシントンDCのフォルジャー・シェイクスピア図書館に次ぐ、12冊という冊数で世界第2位のファースト・フォリオ所蔵館となっている。まさにわが国の誇りであるが、1932年の発売以来、一冊一冊に物語がある書物は、他に例がないであろう。2014年上半期を代表するノンストップノンフィクションでした。

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