■書評 サードマン-奇跡の生還へ導く人
サードマン-奇跡の生還へ導く人
著者 ジョン・ガイガー
訳者 伊豆原 弓
出版社 新潮社
発行 2014 04/01
《存在とは?》
ヒトにはつながりが合おうとする性質がある。友人や家族といった仲間を求め、町や都市に人が集まり、宗教コミュニティ、職場、近隣などに帰属する集団であることが、自己の一部を形成している。ところが、そのような社会的性質にもかかわらず、探求心や自己への挑戦などから人は単独や少人数で困難な旅へ出る。はるか彼方や過酷な航海へと。
著者はアーネスト・シャクルトンの物語『南へ-エンデュアランス号漂流』を読んでいたとき、エンデュアランス号が氷に押しつぶされ、シャクルトンが南極大陸から脱出する途中、目にみえない何者かが一緒にいたという奇妙な話に目がとまり、冒険の博物誌とでも言うべき事例を本書で多数挙げ、数多くの体験者へ話を聞き、膨大な資料にあたりつぶさに検証した。
例えば、イタリア・南チロル出身のラインホルト・メスナーも〈第三の存在〉を体験したひとりである。ラインホルトといえば、歴史上偉大な登山家として広く認められている。ラインホルトはエベレストに初めて単独無酸素登頂して有名である。ナンガパルバッド壁を3人で登攀の際、最愛の弟を失う。しかしメスナーの隣には3人目のクライマーがいた。右後ろを歩き、メスナーが歩けば歩き、立ち止まれば立ち止まり、つねに一定の距離を保っていたという。そして「あの〈存在=サードマン〉がいるだけで僕は平静さを取り戻すことができた」と著者に語っている。メスナーのケースは、「ムーサ・ファクター」が関与していた。すなわち経験への開放性だ。なじみのない新しい経験、考え、感情を探索し、考慮し、受け入れようとする意思、さらには喪失効果が根本にあり〈存在〉を認めた。
その他、海底洞窟、南極大陸、飛行機の操縦席、9.11の世界貿易センタービル、太平洋・大西洋での遭難は一面海面だけの退屈病理だ。さらには中東戦争etc..とボクが本書を読了した限りではメスナー同様そのほとんどが右後ろに〈存在〉を感じたという。これが奇跡から帰還に導く「サードマン現象」である。メスナーのような喪失ストレス、孤独、太平洋や大西洋での単調な風景、低温や低酸素など、外的・内的要因を挙げ、そして脳科学へと本書は収束していく。
それでもなお謎は残り、〈存在〉は何故、危機的状況にある人を助け、奇跡の生還へと導くのか?それは上述したヒトには「つながり合おうとする性質がある」に起因するのではなかろうか?挫折を目の前にして、生還の奇跡を起こすのは、確信であり仲間がともにあると信じること。ボク達人類の祖先は現代人よりはるかに生死にかかわるストレス社会を生き延びてきた。その進化の過程で人間性を引き出す脳機能を発達させてきたのではないだろうか。なぜならそれが、ヒトがいかに社会的な動物であるかを示す例だからである。
先述したように、極地だけではなく本書のまえがきにもあるように、作家で医師のヴィンセント・ラム氏は、医学部に入学するため猛勉強し〈存在〉に気が付いたという。また、ジュネーブ大学病院神経科のてんかん術前評価ユニットでは、シャドウパーソン〈影の人〉の存在を人工的に生み出すことに成功している。さらには、てんかん患者の独自の研究でも〈存在〉を確認している。これは、側頭頂接合部の損傷の影響が多大だという。
サードマン現象とシャドウパーソンの〈存在〉は、ボクは明らかに違うと思う。今後、さらなる技術革新が進み宇宙旅行が盛んになったとすれば、大きなストレス、圧倒的な単調な空間等、人類が体験した活動とは比べ物にならないそんな時代はすぐに来るであろう。
サードマンは、ホモ・サピエンスの『不屈の種』なのか。本書によれば睡眠麻痺=金縛りを短時間でも経験した人の数は30~50%と推定している。その金縛りを体験したことのないボクにとっては、本書は人間の心理学についての驚くべき眼識を与えてくれた稀有なノンフィクションであった。

著者 ジョン・ガイガー
訳者 伊豆原 弓
出版社 新潮社
発行 2014 04/01
《存在とは?》
ヒトにはつながりが合おうとする性質がある。友人や家族といった仲間を求め、町や都市に人が集まり、宗教コミュニティ、職場、近隣などに帰属する集団であることが、自己の一部を形成している。ところが、そのような社会的性質にもかかわらず、探求心や自己への挑戦などから人は単独や少人数で困難な旅へ出る。はるか彼方や過酷な航海へと。
著者はアーネスト・シャクルトンの物語『南へ-エンデュアランス号漂流』を読んでいたとき、エンデュアランス号が氷に押しつぶされ、シャクルトンが南極大陸から脱出する途中、目にみえない何者かが一緒にいたという奇妙な話に目がとまり、冒険の博物誌とでも言うべき事例を本書で多数挙げ、数多くの体験者へ話を聞き、膨大な資料にあたりつぶさに検証した。
例えば、イタリア・南チロル出身のラインホルト・メスナーも〈第三の存在〉を体験したひとりである。ラインホルトといえば、歴史上偉大な登山家として広く認められている。ラインホルトはエベレストに初めて単独無酸素登頂して有名である。ナンガパルバッド壁を3人で登攀の際、最愛の弟を失う。しかしメスナーの隣には3人目のクライマーがいた。右後ろを歩き、メスナーが歩けば歩き、立ち止まれば立ち止まり、つねに一定の距離を保っていたという。そして「あの〈存在=サードマン〉がいるだけで僕は平静さを取り戻すことができた」と著者に語っている。メスナーのケースは、「ムーサ・ファクター」が関与していた。すなわち経験への開放性だ。なじみのない新しい経験、考え、感情を探索し、考慮し、受け入れようとする意思、さらには喪失効果が根本にあり〈存在〉を認めた。
その他、海底洞窟、南極大陸、飛行機の操縦席、9.11の世界貿易センタービル、太平洋・大西洋での遭難は一面海面だけの退屈病理だ。さらには中東戦争etc..とボクが本書を読了した限りではメスナー同様そのほとんどが右後ろに〈存在〉を感じたという。これが奇跡から帰還に導く「サードマン現象」である。メスナーのような喪失ストレス、孤独、太平洋や大西洋での単調な風景、低温や低酸素など、外的・内的要因を挙げ、そして脳科学へと本書は収束していく。
それでもなお謎は残り、〈存在〉は何故、危機的状況にある人を助け、奇跡の生還へと導くのか?それは上述したヒトには「つながり合おうとする性質がある」に起因するのではなかろうか?挫折を目の前にして、生還の奇跡を起こすのは、確信であり仲間がともにあると信じること。ボク達人類の祖先は現代人よりはるかに生死にかかわるストレス社会を生き延びてきた。その進化の過程で人間性を引き出す脳機能を発達させてきたのではないだろうか。なぜならそれが、ヒトがいかに社会的な動物であるかを示す例だからである。
先述したように、極地だけではなく本書のまえがきにもあるように、作家で医師のヴィンセント・ラム氏は、医学部に入学するため猛勉強し〈存在〉に気が付いたという。また、ジュネーブ大学病院神経科のてんかん術前評価ユニットでは、シャドウパーソン〈影の人〉の存在を人工的に生み出すことに成功している。さらには、てんかん患者の独自の研究でも〈存在〉を確認している。これは、側頭頂接合部の損傷の影響が多大だという。
サードマン現象とシャドウパーソンの〈存在〉は、ボクは明らかに違うと思う。今後、さらなる技術革新が進み宇宙旅行が盛んになったとすれば、大きなストレス、圧倒的な単調な空間等、人類が体験した活動とは比べ物にならないそんな時代はすぐに来るであろう。
サードマンは、ホモ・サピエンスの『不屈の種』なのか。本書によれば睡眠麻痺=金縛りを短時間でも経験した人の数は30~50%と推定している。その金縛りを体験したことのないボクにとっては、本書は人間の心理学についての驚くべき眼識を与えてくれた稀有なノンフィクションであった。
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