2012年01月
■書評 万里の長城は月からみえるの?
万里の長城は月から見えるの?
著者 武田 雅哉
出版社 講談社
発行 2011 10/11
タイトルをみて一瞬考えてしまった(笑)。確信する脳か、はたまた錯覚の科学か?
そんなタイトルなので思わず手を伸ばした書籍である。
まずは、トレビアから1987年にユネスコの世界文化遺産に登録され、総延長は8851.1kmの「万里の長城」。
そして、世界初・1969年に月面着陸したアポロ11号は、皆さんもご存じだと思う。そこに乗り込んでいたニール・A・アームストロングが、あろうことか「オランダの堤防と万里の長城は月から」見えると発言しその後撤回する。
他方、中国初の有人宇宙飛行士、楊利偉中佐は、人気TV番組ではっきりと答えた。「地球はとっても綺麗でした。しかし、長城は見えませんでした」と。この発言により中国は一時大騒ぎである。
物理学的に、万里の長城は幅が10メートル足らずで、長城が肉眼で視界から消える高度は、わずか約60メートルと言われている。
では、常識的では考えられないこの「万里の長城」は月から見える?一体誰が言い出し、人によっては頭に刷り込まれていったのであろうか?
まず、日本人では岡倉覚三(天心)が「万里の長城は月からみえるほどの地球唯一の建造物」といわれているが、この城こそそんな事はありえない。巨大な歴史的証拠と述べて否定。
実は、「長城は、月から見えるは」18世紀の西洋文明、ヨーロッパ人が「神話」として話を広げ、お土産話のひとつとして、中国大陸を表現する比喩だったとボクは推察する。
本国、中国は楊利偉中佐の発言をうけ小学校に記載されていた「長城伝説」を削除したのである。
〈対の構造〉・・アメリカン・ジョーク的に「長城は月から見える」と行った米国人、そして科学の実証として中国人宇宙飛行士が勇気を持ってそれを正した。ひとつの駆け引きがここで「長城」を用いて行われたのである。
愛国心という名の教育はいまも行われている中国。新世界七不思議財団がマチュピチュやローマのコロッセオ、そして万里の長城etc..2007年に行われたこの授賞式に中国代表に授与したのは、そうあのニール・A・アームストロング氏だったのです。言わば必然的に「長城大使」に任命されたとボクは感じがした。
(本人は、そう思ったのか本書には記載されていません)
中国のしかかさが垣間見えたエピソードです。
話は全く逸れますが、2011年8月15日は日本の終戦記念日。そして「節電の夏」のお盆休み、実はこの日金融・マーケットでは、日本と中国で約50%を保有する米国債の利払い日でした。その日中国は、米国債をしっかり大量売却していたんですね。そんな点からも、したたかな国と窺い知ることができるのではないでしょうか?
2049年、HSBCホールディングスは、中国を1位、米国を2位の経済大国とCNNにて配信。
中国建国100周年の年、万里の長城に電飾が施され、月からみえる唯一の建造物になっているのでしょうか?これが現実のものになるかは別として、観光へのインパクトはすごいものがありますね。
是非、皆さんも機会があれば日本の旅行会社のパンフレットをご覧下さいませ。
もしかすると、「宇宙から見える地球唯一の建造物、万里の長城」と記載されているかもしれませんよ。

著者 武田 雅哉
出版社 講談社
発行 2011 10/11
タイトルをみて一瞬考えてしまった(笑)。確信する脳か、はたまた錯覚の科学か?
そんなタイトルなので思わず手を伸ばした書籍である。
まずは、トレビアから1987年にユネスコの世界文化遺産に登録され、総延長は8851.1kmの「万里の長城」。
そして、世界初・1969年に月面着陸したアポロ11号は、皆さんもご存じだと思う。そこに乗り込んでいたニール・A・アームストロングが、あろうことか「オランダの堤防と万里の長城は月から」見えると発言しその後撤回する。
他方、中国初の有人宇宙飛行士、楊利偉中佐は、人気TV番組ではっきりと答えた。「地球はとっても綺麗でした。しかし、長城は見えませんでした」と。この発言により中国は一時大騒ぎである。
物理学的に、万里の長城は幅が10メートル足らずで、長城が肉眼で視界から消える高度は、わずか約60メートルと言われている。
では、常識的では考えられないこの「万里の長城」は月から見える?一体誰が言い出し、人によっては頭に刷り込まれていったのであろうか?
まず、日本人では岡倉覚三(天心)が「万里の長城は月からみえるほどの地球唯一の建造物」といわれているが、この城こそそんな事はありえない。巨大な歴史的証拠と述べて否定。
実は、「長城は、月から見えるは」18世紀の西洋文明、ヨーロッパ人が「神話」として話を広げ、お土産話のひとつとして、中国大陸を表現する比喩だったとボクは推察する。
本国、中国は楊利偉中佐の発言をうけ小学校に記載されていた「長城伝説」を削除したのである。
〈対の構造〉・・アメリカン・ジョーク的に「長城は月から見える」と行った米国人、そして科学の実証として中国人宇宙飛行士が勇気を持ってそれを正した。ひとつの駆け引きがここで「長城」を用いて行われたのである。
愛国心という名の教育はいまも行われている中国。新世界七不思議財団がマチュピチュやローマのコロッセオ、そして万里の長城etc..2007年に行われたこの授賞式に中国代表に授与したのは、そうあのニール・A・アームストロング氏だったのです。言わば必然的に「長城大使」に任命されたとボクは感じがした。
(本人は、そう思ったのか本書には記載されていません)
中国のしかかさが垣間見えたエピソードです。
話は全く逸れますが、2011年8月15日は日本の終戦記念日。そして「節電の夏」のお盆休み、実はこの日金融・マーケットでは、日本と中国で約50%を保有する米国債の利払い日でした。その日中国は、米国債をしっかり大量売却していたんですね。そんな点からも、したたかな国と窺い知ることができるのではないでしょうか?
2049年、HSBCホールディングスは、中国を1位、米国を2位の経済大国とCNNにて配信。
中国建国100周年の年、万里の長城に電飾が施され、月からみえる唯一の建造物になっているのでしょうか?これが現実のものになるかは別として、観光へのインパクトはすごいものがありますね。
是非、皆さんも機会があれば日本の旅行会社のパンフレットをご覧下さいませ。
もしかすると、「宇宙から見える地球唯一の建造物、万里の長城」と記載されているかもしれませんよ。
■書評 不死細胞ヒーラ -ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生
不死細胞ヒーラ
著者 レベッカ・スクルート
訳者 中里 京子
出版社 講談社
発行 2011 06/14
涙、涙の感動の最終章。そこには家族の「絆」が・・
エイブラハム・リンカーンが奴隷解放宣言したのが1962年である。
時(とき)は、1951年に遡り米国ジョンズ・ホプキンス病院。ひとりの黒人女性が、子宮頸部扁平上皮癌と診断され、そこで手術が決行された。当時は、上記に記したように、まだ白人と黒人の病棟は完全に別棟となっていた時代である。実は1950年初頭、ちょうど科学者たちがウイルスに理解しはじめた時期と重なっていた。
「ヒーラ細胞」とは、この書籍のタイトル主人公ヘンリエッタ・ラックスの子宮頸癌から採取された細胞だったのである。1950年代初頭、細胞株が頻繁に売買され、その数10億個以上。それは現在でも続いているらしい。
ヘンリエッタの細胞が国中の研究室に届くや否や、皆がこの細胞を利用してヘルぺス、麻疹、おたふく風邪etc..の研究がはじまった。
これが後々論争を巻き起こすことになる。ヘンリエッタ自らの体の一部を研究材料に提供することは、本人の同意がないに等しく、法改正はなんと動物より遅かったくらいである。
自分自身の頭髪、僅か1本でも実験に使用となれば膨大な書類が必要となる現代からすると、「個」に対する価値感が遅れていたのであろう。
そして20年後、全くの偶然からHeLa細胞の存在を遺族は知ることになる。黒人の梅毒患者を言わば本人の承諾なく人体実験同様に扱われていたのはもはや明白である。
それは、ジョンズ・ホプキンス病院の医師も認めている。
ヘンリエッタの5人の子どもの末娘・デボラは著者と同行し愛する母の事を取材することになる。
そう、現代医学にお母さん(ヘンリ・エッタ)は、こんなにも貢献しているのに・・HeLa細胞しかみんな知らないその気持ちからである。ある科学者によれば、今までのヒーラ細胞をすべてつなげると地球3周分と見積もる学者もいる。
しかし、デボラは学校へ行く資金すらなかった身。ましてや健康保険すらまかなえない境遇。日に日にデボラ自身もお母さんの細胞が遺伝しているのではないかと不安が増し、尚且つ同時に医療に対しても不信感が増していく。しかし、デボラは負けなかった。
そして、ジョンズ・ホプキンス病院の冷蔵庫から取り出された小瓶(バイアル)の中のヒーラ細胞と対面する。
ちょうど冬に手を温めるように「母さんは冷たいんだね」、「母さんは有名人なんだよ」と。
まさに感動の一場面である。一方、他の兄弟達は、今で言う営利目的で使用された細胞や特許に関する訴訟を考えていたのだが、最終的に科学に迷惑をかけまいとするデボラの意見で家族がまとまり、訴訟を起こすことはなかった。
そして、ヘンリエッタの孫たちは、祖母のことに関して知りうることはすべて知り尽くすと大学で心理学科の道に進む。今後、取り組むべき問題は、2点。①同意の問題 ②金銭的報酬の問題である。
とりわけ②の点は、DNAの多さから言ってかなり議論の余地がありそうだ。
最後に、ボクはヘンリエッタ・ラックスという名を生涯忘れることはないと思う。

著者 レベッカ・スクルート
訳者 中里 京子
出版社 講談社
発行 2011 06/14
涙、涙の感動の最終章。そこには家族の「絆」が・・
エイブラハム・リンカーンが奴隷解放宣言したのが1962年である。
時(とき)は、1951年に遡り米国ジョンズ・ホプキンス病院。ひとりの黒人女性が、子宮頸部扁平上皮癌と診断され、そこで手術が決行された。当時は、上記に記したように、まだ白人と黒人の病棟は完全に別棟となっていた時代である。実は1950年初頭、ちょうど科学者たちがウイルスに理解しはじめた時期と重なっていた。
「ヒーラ細胞」とは、この書籍のタイトル主人公ヘンリエッタ・ラックスの子宮頸癌から採取された細胞だったのである。1950年代初頭、細胞株が頻繁に売買され、その数10億個以上。それは現在でも続いているらしい。
ヘンリエッタの細胞が国中の研究室に届くや否や、皆がこの細胞を利用してヘルぺス、麻疹、おたふく風邪etc..の研究がはじまった。
これが後々論争を巻き起こすことになる。ヘンリエッタ自らの体の一部を研究材料に提供することは、本人の同意がないに等しく、法改正はなんと動物より遅かったくらいである。
自分自身の頭髪、僅か1本でも実験に使用となれば膨大な書類が必要となる現代からすると、「個」に対する価値感が遅れていたのであろう。
そして20年後、全くの偶然からHeLa細胞の存在を遺族は知ることになる。黒人の梅毒患者を言わば本人の承諾なく人体実験同様に扱われていたのはもはや明白である。
それは、ジョンズ・ホプキンス病院の医師も認めている。
ヘンリエッタの5人の子どもの末娘・デボラは著者と同行し愛する母の事を取材することになる。
そう、現代医学にお母さん(ヘンリ・エッタ)は、こんなにも貢献しているのに・・HeLa細胞しかみんな知らないその気持ちからである。ある科学者によれば、今までのヒーラ細胞をすべてつなげると地球3周分と見積もる学者もいる。
しかし、デボラは学校へ行く資金すらなかった身。ましてや健康保険すらまかなえない境遇。日に日にデボラ自身もお母さんの細胞が遺伝しているのではないかと不安が増し、尚且つ同時に医療に対しても不信感が増していく。しかし、デボラは負けなかった。
そして、ジョンズ・ホプキンス病院の冷蔵庫から取り出された小瓶(バイアル)の中のヒーラ細胞と対面する。
ちょうど冬に手を温めるように「母さんは冷たいんだね」、「母さんは有名人なんだよ」と。
まさに感動の一場面である。一方、他の兄弟達は、今で言う営利目的で使用された細胞や特許に関する訴訟を考えていたのだが、最終的に科学に迷惑をかけまいとするデボラの意見で家族がまとまり、訴訟を起こすことはなかった。
そして、ヘンリエッタの孫たちは、祖母のことに関して知りうることはすべて知り尽くすと大学で心理学科の道に進む。今後、取り組むべき問題は、2点。①同意の問題 ②金銭的報酬の問題である。
とりわけ②の点は、DNAの多さから言ってかなり議論の余地がありそうだ。
最後に、ボクはヘンリエッタ・ラックスという名を生涯忘れることはないと思う。
昨年の10月中頃から「極早生」から始まった「温州みかん」締めは「蔵出し」まで続きますが、そろそろ食べ飽きた方々もいらっしゃるのではないでしょうか?
そろそろいろいろな柑橘類が出荷され始めます。
まずは、「ポンカン」 産地 熊本県・JA天草
インド発祥の柑橘で、ポンカンの「ポン」はインド西部の「Poona」が元になっているといわれております。
日本には、明治時代に伝わりました。
甘みがタップリで、皮がむきやすく袋ごと食べられるのが魅力です。
温州みかんと比べると種があり、やや果汁が少ないのが難点ですが、ポンカン独自の香りと糖度が高いの特徴です。
価格は、M玉 6玉入りで ¥250-です。
昨日の小諸与良えびす神社例大祭での出店販売においても好評でした。
そろそろいろいろな柑橘類が出荷され始めます。
まずは、「ポンカン」 産地 熊本県・JA天草

日本には、明治時代に伝わりました。
甘みがタップリで、皮がむきやすく袋ごと食べられるのが魅力です。

価格は、M玉 6玉入りで ¥250-です。
昨日の小諸与良えびす神社例大祭での出店販売においても好評でした。
まずは、「与良えびす神社例大祭」について。
江戸時代中期から続く伝統のあるお祭りです。

七福神のひとり「えびす神」をまつる与良えびす神社は、五穀豊穣・商売繁盛のご利益がいわれております。
「えびす神」は、1月稼ぎに出て11月に宝を持って社に帰ってくることから、例祭が1月と11月に行われます。
北国街道に挟まれた「与良えびす神社」は、小諸のパワースポットです。

そして、小林農園は出店として野菜・フルーツを販売しております。
目玉商品は、当園ハウス栽培の完全無農薬栽培の「ほうれん草」です。
1束 ¥100-です。その他旬の野菜・フルーツを販売しております。
どうぞ暖かい服装でお立ち寄り下さいませ。

1月19日(木)AM10:00~PM9:00
20日(金)AM 8:00~PM5:00 となっております。
江戸時代中期から続く伝統のあるお祭りです。

七福神のひとり「えびす神」をまつる与良えびす神社は、五穀豊穣・商売繁盛のご利益がいわれております。
「えびす神」は、1月稼ぎに出て11月に宝を持って社に帰ってくることから、例祭が1月と11月に行われます。
北国街道に挟まれた「与良えびす神社」は、小諸のパワースポットです。

そして、小林農園は出店として野菜・フルーツを販売しております。
目玉商品は、当園ハウス栽培の完全無農薬栽培の「ほうれん草」です。
1束 ¥100-です。その他旬の野菜・フルーツを販売しております。
どうぞ暖かい服装でお立ち寄り下さいませ。

1月19日(木)AM10:00~PM9:00
20日(金)AM 8:00~PM5:00 となっております。
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